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2007
02.09

後厄年の過ごし方 その1

1 後厄年にあっては、何ごとも〈時間がかかる〉と覚悟して計画を立てれば、運勢を活かせます。

 確かに、ものごとをなすのに時間が多くかかれば「困る」のが私たちの感覚ですが、すべてが早ければ良いというものでもありません。
 たとえば、ウィスキーにしてもワインにしても、熟成という過程を経て初めて円やかで深い味わいや芳醇な香りがもたらされます。
 数学者や科学者は、突きつめて考えた果てに、ある時突然、解が得られるといいます。入浴中に原理を発見したアルキメデスは、その典型でしょう。
 また、母親の手をかけた食事は何よりもおいしく、子どもへ満足や安心を与え、母親や家庭への信頼をもたらします。
 時間がかかることを恐れず、愚痴を言わず、労を厭わず、「精進」を誓い腰を据えてやりましょう。

 時間がかかるなら早く取りかからねばなりません。この時期は、準備や確認といった手順を身につけるチャンスです。
 慌てても間に合わないので、肝心なものごとほど準備を急ぎ、スタートしたなら確実に進められるようその確認もしっかりやらねばなりません。
 古人は、そうした心構えを「段取り八分(ブ)の仕事二分(ブ)」と言いました。
 
2 この時期は、寒い冬が去り温かな春の兆しがやってきたと感じられるような気持になります。

 四季の移り変わりのように、再び廻り来るものがありましょう。それが何であるかを見極めなければなりません。
 愚かな人との腐れ縁だったりすれば、早くはっきりと断ち切りましょう。
 古い付き合いの人から持ち込まれた計画などは、信頼関係のあるなし、目的が善か悪かなどをもって判断しましょう。
 なれ合いや損得だけで動くのは危険です。悪人に利用されかねません。

3 人生の酸いも甘いも経験した年配女性のはたらきがことの成否に大きな影響を及ぼす場合があります。
 
 母親や祖母、あるいは目上の女性を敬い尊び、地に足のついた智慧に学びましょう。

 そもそも、生きものの本性は女性です。特殊な条件が満たされなければ男性は生まれません。
 実際に子孫を残すかどうかは別にしても、女性が生み育てる性であることはまちがいありません。
 母性本能の持つ「自分のいのちに代えても子どもを守る」という絶対の慈悲は、あらゆる生きものの尊さの根源です。 
 母親までが自己中心という煩悩をむき出しにし、裏側に我欲が貼り付いている権利を主張するのみで母性を忘れたならば、人間はあらゆる生きものの中で最下等に堕してしまいます。ハトよりもワニよりも下劣になります。
 現代日本の子どもたちに表れている地獄が母性崩壊によってもたらされた面があるのは、厳然たる事実です。

 もちろん、母性の崩壊は、必ずしも母性を失った本人だけのせいにはできません。
 そうした女性は、現代文明の毒による被害者でもあります。
 私たち全員がイデオロギーに惑わず、真実を観る目を開き、真理と原理をふまえた道理に基づいて生きるよう、方向転換をしたいものです。

 さて、太陽神に仕えた卑弥呼は女性です。
 日本に仏教がもたらされ、最初に出家したのは三人の女性です。
 狩野芳涯の『悲母観音像』は日本人のみならず東洋人の誇りです。
 真の意味で女性を尊び、試練の年を乗り切りましょう。



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