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2007
04.19

色情因縁の解決4 ―色情因縁のタイプ―

 当山は、これまで、「破滅への色情因縁を芳香に変えましょう 」及び「菩提心(ボダイシン)とは?」そして「極楽と地獄を見たアーアナンダ」において、色情因縁について書きました。
 最後に、それが表れやすい代表的なタイプを書いておきます。

1 煩悩に妨げられて知恵がはたらかず失敗するタイプ ご先祖様やみ仏の戒めを受けたり、上司や指導者から叱られたりし、重大な問題で失敗をやらかします。
 争いごとを起こしたり、居直ったりすれば、大きな傷を負うことになりかねません。
 因縁解脱によって、悩みを抱えた人の心を深く理解する大悲の人になりましょう。

2 自分から悶着を起こしてしまうタイプ
 なまじ他人や身内から信用されるばかりに、良からぬ状況を引きずってしまいます。
 長引けば長引くほど、親しさが募り、最期は信用を地に落としてしまいかねません。
 因縁解脱によって、太陽のように暖かな心を持ち、困っている人へ手を差しのべられるようになりましょう。

3 素直に楽しんだり話したりできないのに異性への興味が強いタイプ 一旦親しくなると、善悪を忘れ、困難な状況に陥ります。
 水中に発生したオタマジャクシがうごめくように新たなトラブルの種が後から後から芽を出し、災いが続きかねません。
 因縁解脱によって、瑞々しい感覚を持ち新しい世界の扉を開く人になりましょう。

4 自分には無いものを持った相手に惹かれトラブルを起こすタイプ
 知恵やセンスに鋭いものを持っているばかりに、そうした面から相手へ近づくと予想もしない展開になり、とまどってしまいます。

 争いや諍いが絶えず、最期は背反してしまい、後味の悪い結末になりかねません。
 因縁解脱によって、味わいのある楽しみ方をもって真の和を創られる人になりましょう。

5 決断やけじめをつけることが苦手で、ズルズルと引きずるタイプ
 小さな子供に悪影響が出やすく、言うことを聞かない我がままになったりします。
 指導者や頼りになる人がどんどん離れ、愚か者に流される生き方になりかねません。
 因縁解脱によって、人々の心に共通する思いを忖度し、大地に足を踏ん張って生きる人になりましょう。

6 頑固で動くのが嫌なのに突然とんでもない行動に走るタイプ 妻や母親や家庭に悪影響が出やすく、後でしまったと思うようなことをくり返します。
 多勢に行く手を塞がれ、なかなか思うように前進できない羽目になりかねません。
 因縁解脱によって、毀誉褒貶に揺るがず、守るべきものを守って動じない人になりましょう。

 いずれの場合も、色情因縁に負けて起こしてしまった問題への共通した対処法としては、策を弄することなく、言い訳をせず、心から懺悔し、出直すことです。
 実際の色情因縁の表れ方はその方その方、その場合その場合で千差万別です。占いの本やコンピューターの答などで対応できるものではありません。
 詳しくは、個別のご相談となります。

 これまでも記したとおり、色情因縁は、主として異性間ではたらく引力の問題です。
 過去の因縁のすべてを背負ってこの世に生まれてくる以上、強さの強弱は別として必ず持っています。
 この気配は、それ自体が悪であるということではなく、自分自身の生き方によって善くも悪しくもはたらきます。
 煩悩に流されて肉体的に用い、自他を混乱させたり破滅させたりしてはなりません。
 菩提心(ボダイシン)に導かれて知的に用い、心の絆を深め自他を幸せにしたいものです。


 なお、この因縁の最も悪しく表れる形が不倫です。
 霊性のある人間にとっては、実際のセックスのあるなしは二義的です。
 伴侶がありながら他の異性に惹かれることは起こってあたりまえですが、そのままに流されるならば、人倫に背くことになります。
 昨今は「不倫愛」「略奪愛」などと言い、最初から言い訳をするような愚かしい表現が反乱しています。こうした風潮に流されぬようにしましょう。
 最後に、「色欲とのつきあい方」の一部を再び掲載しておきます。
江戸時代に説かれた慈雲尊者の戒めは、そのままそっくり現代人への戒めにもなっています。
 私たちの霊性向上の旅は、目的地へ到着するまでやはり56億7千万年かかるのでしょう。

「この不邪淫戒は、万巻の書を暗唱する者ですら、持たねば身に災いが来る大切な戒めである。はなはだしい場合は、家を滅ぼし国を滅ぼす。この戒に背かなければ一生、心安らかである。学者も愚者も、同じように慎み守らねばならない」

「国の乱れもこの戒が破られることを元として起こる。家の礼節の破壊も、身の礼節の不備もこれを元として起こる。謹慎に戒を守る者は、神々の冥助が得られる。男性も女性も、我に属せぬ者に心を寄せてはならない。みだりに狎れ睦まじくしてはならない」

「淫欲は身心を縛り、重なり来る憂いとなる。愛欲に随順すれば、この世界はことごとく執着の地獄となる。淫欲・愛欲が流れれば我を一番とする高慢となり、あるいは争いを起こす」

「愛欲は心身の安寧と澄んだ智慧の障害となるので、戒律で深く戒められている」

 
 尊者は、色欲による「乱れ」が身を滅ぼし、家庭を崩壊させ、ひいては社会関係すら破壊してしまうと説かれました。
 乱れは、親しくなるべきでない相手と「狎れ親しむ」ところに起こり、そうした「いい加減さ」は昂じて人格を賤しくし、精神の背骨を砕きます。

 男性の「優しさ」が向けられるべきでない相手へ向けられること、女性が自分を大切にし「守る」意識が薄れること、これが「いい加減さ」の現れです。 心をあいまいに揺れ動くままに任せていれば、はてしなく、いい加減になることでしょう。
 倫理・宗教の必要性は、たやすくケダモノになり得る人間の尊厳を守るところにあります。
 尊者は「正義不邪淫戒」と説かれました。
 色欲の相手はただ一人と思い定めましょう。
 この単純な決意が、一夫一婦制の私たちにとって正義と尊厳を守る生き方になります。



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